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ドイツ語の愛情表現について

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ドイツ語というと戦争映画、ホロコースト映画に出てくる残酷なドイツ兵の言葉というイメージが強いだろうが、そんなドイツ語でも愛情表現をすることができる。また、ドイツ人カップルはアツアツな人が多い。

 

ドイツ語にはどういうイメージがあるだろうか?恐らく、多くの日本人はドイツ語というと、ハリウッド戦争映画に出てくる残酷なドイツ軍の将軍たちが話す、ガチガチの言葉というイメージがあるだろう。ただ、ハリウッドの戦争映画、ホロコースト映画に出てくるドイツ兵というのは、わざとちょっと難しいガチガチのドイツ語をしゃべっているのであり、ドイツ制作の戦争映画、ホロコースト映画に出てくるドイツ兵というのは、やはり本場なので正しいドイツ語をしゃべっている。「Uボート」「ヒトラー最期の12日間」に出てくるドイツ兵のドイツ語が、本当のドイツ語である。

 

それで、そんなガチガチのドイツ語で愛情表現など出来るのかと疑問に思う人もいるだろう。ドイツ語では「愛してる」は[Ich liebe dich](イッヒ リーベ ディッヒ)という。「イッヒ」が「私」で、「リーベ」が「愛する」で、「ディッヒ」が「あなた」である。「恋人」「愛する人」のことは[Schatzi](シャッツイ)という。これは名詞の[Schatz](シャッツ)「宝」を俗語ぽく変えたものだ。英語でいうと[Honey](ハニー)に相当する。

 

上の写真は僕の友達のドイツ人のS(夫)とM(妻)で、Sは2012年3月まで6年間東北大学法学部に勤務していた。それで、妻のMはすごくSに甘えるタイプの女性であり、初めて会った時も「私はSでSは私で、私はフィアンセ(初めて会った時はまだフィアンセだった)のSがいないと何もできないバカな女だ」と言っていた。彼らの家に一度泊まったことがあったが、その時もMは故郷のデュッセルドルフの写真を見ていた時に、「こういう写真を見ているとホームシックになるわ」と言ってSに抱きついたり、朝食を食べてる時に「私は料理が下手だから、せめてSにおいしく食べてもらおうと、いつも一緒に食べてるの」と言いながら、熱いスープをふーふーと息をかけて冷ましたり、Sの髪の乱れを直したりしていた。また、2人は日本人が周りに歩いてないと歩きながらキスをしていることもあった。実は言うと、これほどドイツ人の若い夫婦はアツアツなのである。(笑)

 

ドイツ語は[wa, wi, wu, we, wo](ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ)などの破裂音が多いので、ガチガチの硬い男性的な言語のイメージが強い。実際、破裂音が発音できないとドイツ語はしゃべれない。

 

それでは、なぜ、ドイツ語はガチガチの硬くて男性的という言葉のイメージがあるのかというと、やはり、これはハリウッドの戦争映画のイメージもあるが、発音が破裂音が多すぎてフランス語、イタリア語などと比べると、あまりロマンチックな言葉とは思えないのが大きな理由の一つだと思う。ドイツ語では[wa, wi, wu, we, wo](ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ)[ba,bi,bu,be,bo](バ、ビ、ブ、ベ、ボ)[ga,gi,gu,ge,go](ガ、ギ、グ、ゲ、ゴ)などの破裂音がすごく多いので、これらの発音ができないと正しくしゃべることができない。

 

「なんと言ったのですか?」と聞き返すドイツ語は[Wie bitte?](ヴィー、ビッテ?)であり、同じ意味の他のドイツ語は[Was haben Sie gesagt](ヴァス ハーベン ジー ゲザクト)になる。英語の[where](どこ?)にあたるドイツ語は[wo](ヴォー)だから、[Wo ist denn Bahnhof](ヴォー イスト デン バーンホフ)で(駅はどこですか?)という意味になる。[wa, wi, wu, we, wo](ヴァ、ヴィ、ヴ、ヴェ、ヴォ)は上唇で下唇を軽く嚙んで出す破裂音だから、こんな発音は日本語にはないから日本人には難しい。

 

僕もドイツに初めて行ってドイツ語を聞いた時は、ドイツ語の破裂音が多い響きから、「なんで怒ってるのか?」「なんで口論をしてるのか?」などと疑問に思ったことがある。

 

実はいうと僕も1995年正月に初めてドイツに行った時に、破裂音が多いドイツ語に驚いたことがある。ミュンヘンのドイツ博物館に行った時に僕が一人でエレベーターに乗っていると、身長190センチほどの金髪の大柄の若い母親が赤ん坊を抱っこして乗ってきた。僕が行先の階をボタンで押そうとすると、彼女はなんかドイツ語で怒ってるようなことを言った。「何で怒ってるのだろうか?」と不思議に思いながら「E」(地階。1階のこと。ドイツでは1階は地階であり、2階を1つめの階というふうに数える)を押すと、彼女はとても優しい口調で[Danke schoen](ダンケ シェーン)と言った。ドイツ語教室に行くようになってから日本人のドイツ語先生にきくと、「地階を押して」というドイツ語は[Druecken Sie Erdegeschoss](ドリュッケン ジー エルデゲショース)と言うとわかった。若い母親は別に怒っていたのではないが、発音が破裂音が多いから怒ってるように聞こえたのだった。(苦笑)それ以外にもミュンヘンの空港で土産物を探していると、4人ほどの若い店員が集まってなんか口論をしているように聞こえた。でも、彼女らは別に口論をしていたのではなくて、ドイツ語は破裂音が多いので、特にミュンヘンのバイエルン方言は巻き舌の発音まであるから、普通に会話をしていても、口論をしてるように聞こえたのだろう。(苦笑)

 

 

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ドイツ映画の恋愛映画は少ないが、「ブリキの太鼓」「良き人のためのソナタ」などの名作映画で恋愛表現を聞くことができる。

 

それでは、ドイツ語の愛情表現を聞くことができるドイツ映画の恋愛映画はあるのかというと、これがあまりないのが現状だ。やはり、ドイツ映画というと国際的にヒットをしているのはナチスドイツを描いた戦争映画とホロコースト映画が多くて、ドイツ映画の恋愛映画の名作というのはあまりない。純粋な恋愛映画ではないが、「ブリキの太鼓」「良き人のためのソナタ」「マーサの幸せのレシピ」などの映画でドイツ語の愛情表現を聞くことができる。写真上は「ブリキの太鼓」のスチール写真。

 

この映画にはカタリーナ・タルバッハ(写真の左側の女性)が演ずるマリアという金髪の天然キャラの女性が登場するが、彼女のドイツ語はちょっと変わっていた。マリアの夫であり、オスカル(写真の右側の男性)の父を埋葬して葬式を行う時に、夫の手が棺桶から出ているのだが、その時のマリアは[Oh Jott die Hand](オー ヨット ディ ハンド)「ちょっと、手が出ているわ」と言うのだが、[Jott]は正確には[Gott](ゴット)になる。英語でいうと[God]にあたる。それ以外のシーンでもマリアは[Gott]とは言わずに[Jott]という。ドイツ人に聞いてみたら、「若い女性は破裂音を言うのを嫌って、[Gott](ゴット)を[Jott](ヨット)ということがある」と教えてくれた。僕もドイツ語勉強のためにシュツットガルト近郊に住むH家にホームステイをしていた時に、僕の下手なドイツ語がわからなくて、若い女性が[Was?](ヴァス?)「何?」と言って聞き返す時に、[Pas?](パス?)と言ったことがあった。これも彼女は破裂音を嫌ったからそういう発音になったのだろう。(笑)


ドイツ語は確かにあまりロマンチックな言葉ではないが、実際にドイツに行ってみると第二次大戦の反省から外国人に優しい人が多い。逆にロマンチックと思われてるアメリカ人、フランス人などは己惚れていて外国人に冷たい人が多い。

 

最後にこれだけは是非言いたいのだが、ドイツ語は確かに破裂音が多いあまりロマンチックでない言葉だが、実際にドイツに行ってみるとドイツ人はとても観光客に優しくて親切な人が多い。特に第二次世界大戦以後は同じ歴史を歩んだ日本人に対しては好感を抱いてる人が多くて、ドイツのどこの学校でも「広島と長崎への原爆投下は、ホロコーストと同じような戦争犯罪である」と教育されている。

 

逆に恋愛映画と恋愛ソングの名作が多くて、[I love you]はロマンチックな言葉というイメージのアメリカは、日本人観光客に対してはそんなに親切ではなくて、「アメリカ人は常にナンバーワンであり、正義の味方である」と勘違いしている人が多い。これはドイツ人とは大きく違う。また、フランスもロマンチックと思われているが、実際、フランス人はプライドが高くて原爆水爆を所有している。ドイツは既に原子力発電の廃止を20年前に決めたが、フランスは廃止する方向には向かってない。ドイツ人友達Sの妻でありMは「[Je t’aime.](ジュ テーム)、[amour](アムール)のような発音のフランス語は言葉ではない」と言って、すごくフランスを嫌っていた。これはフランスは原水爆の実験を行って環境を壊していること、フランスがドイツとの国境沿いに原発を建てて、ドイツの脱原発の決定を無意味にしていることが理由らしい。

 

要するに、ロマンチックではないというイメージのドイツ人は第二次世界大戦の反省からとても優しい人が多くて、逆にロマンチックなイメージのアメリカ人、フランス人はプライドが高くて自惚れてる人が多いのが本当の事実である。