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ベルリン南部にあるドイツ陸軍総司令部の廃墟(1)

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2006年7月にベルリン南部のツオッセンにある、「ツエッペリンブンカー」を見学してきた。ここには第二次世界大戦中にドイツ陸軍総司令部があって、有名なグデーリアン将軍を始めとする多くのドイツ軍高級将校が勤務していた。

 

2006年7月に、ドイツ南部ツオッセン[Zossen]にある「ドイツ陸軍総司令部」の廃墟を見学してきた。ここには、1910年に当時のドイツ第二帝国の陸軍基地が設立されて以来、ずっと軍事基地があったのだが、1939年の第二次世界大戦勃発前にドイツ陸軍総司令部がここの地下に作られたのだった。地下壕に作られた基地のは「ツエッペリンブンカー」と呼ばれた。多くのドイツ陸軍の高級将校はここに勤務しており、有名なグデーリアン上級大将は、特に1944年7月に陸軍参謀総長になってからはここで勤務することが多かった。上の写真はツオッセンのブンカー地下壕の一部。戦後にここはソ連軍が占領したので、ソ連軍が地下壕に爆薬を取り付けて爆破しようと試みたが、あまりにも地下壕が巨大で頑丈だったので、ソ連軍は爆破することを断念した。

 

こちらがドイツ陸軍総司令部のウィキペディアの説明。

 

ja.wikipedia.org

地下司令部

陸軍総司令部は、1939年の開戦直前に完成したベルリン郊外のヴュンスドルフドイツ語版に設けられた地下ブンカー施設に移された。当時から既に防空意識が高く、すべてが地下に構築され、地上は長閑な農村風景が演出されていた。秘匿名称は Maybach I である。国防軍最高司令部のそれは Maybach II と呼ばれていた。1940年4月20日からは2個指揮通信連隊が追加されて陸軍総司令部と軍集団司令部、軍司令部との長距離通信網を充実させた。共用の長距離指揮通信施設(Zeppelin、あるいはAmt 500)である。戦後も駐留ソ連軍司令部が1990年のドイツ再統一まで利用した。現在、ブンカー跡を見学することが出来る。

 

ツオッセンの「ツエッペリンブンカー」には陸軍総司令部があったが、機密保持と防空意識が非常に高く、空から連合軍の偵察機が偵察をしても農村風景にしか見えないように、地上の建物は意識して建てられていた。

 

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上の写真は屋外から「ツエッペリン」ブンカーを見学する様子。この時のツアーガイドはドイツ語だったので、説明は半分ほどしかわからなかったが、1939年から1945年まではここには多くのドイツ陸軍の高級将校が勤務していたことがわかった。ガイドの説明で強調されていたのは、厳しい情報の管理と機密の保持であり、敵国である連合軍の偵察機が上空からここを偵察しても、ここにドイツ陸軍司令部があるとはわからず、普通の農村があるようにしか見えないように偽装されていた。

 

ここの地下壕基地で注目するべきは世界初の自動電話交換装置であり、スターリングラードの戦いの頃にはドイツ兵たちは最前線の司令部から自宅へと電話をかけることができた。まさしく、「ドイツの技術は世界一!」である。

 

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これは、「ツエッペリン地下壕」跡に展示されていた昔の機械だが、世界初の自動電話交換装置だとドイツ語説明のガイドは説明してくれた。1942年夏から始まったスターリングラード攻防戦の時に、ドイツ軍兵士たちは最前線の部隊本部から自分の家に電話をかけることができたという。その時、他の国ではまだ電話の交換手に自分の住所、電話番号を告げて回線を繋いでもらう必要があったが、ナチスドイツでは既に自動電話交換装置を開発していたのだった。漫画などで書かれているように、まさしく「ドイツの技術は世界一!」である。

 

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上の写真は、約100メートルの長さがある「ツエッペリンブンカー」の通路である。実は言うとここの通路は真っ暗になっていて、ガイドの人がスイッチを押すと一瞬で通路全部の灯りがつくという劇的な光景があったのだが、その瞬間はデジカメの動画で撮影するのに失敗をした。(苦笑)。約100メートルの通路に一瞬で灯りがついた瞬間には、訪問客から驚きの声と拍手が起こった。

 

下の写真は奇妙な形をした建物だが、これも防空壕の一つである。ドイツ陸軍高級将校たちが勤務していた重要な基地なので、連合軍の空襲に対する警戒は非常に高かった。

 

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上の写真は奇妙な形をした建物だが、敵の空襲に備えた防空壕の一つである。このような奇妙な形をした防空壕が「ツエッペリンブンカー」にたくさんあった。やはり、建設された時から連合軍の空襲に対する防空意識は非常に高くて、ドイツ陸軍の高級将校の多くがこのブンカーで勤務していたので、空襲に備えて多くの防空壕が作られていた。ロクな防空壕も作らずに、市民の消防団とバケツリレーで米軍の無差別空襲に備えていた日本とはえらい違いである。

 

パート2に続く。