Deutschland-Lab

歴史や文化、スポーツなどドイツに関する情報まとめサイト

冬季オリンピックを「世界の大会」にしたのは日本人だった

f:id:novaluewriter:20210205113100j:plain



 

 

第ニ次世界大戦後、夏季オリンピックと同様に冬季オリンピックも開催されるようになったが、冬季はウィンタースポーツという性格から、欧米の白人だけの大会になっていた。

 

今はコロナ禍で、今年の7月に行われる予定の東京オリンピックがどうなるか世界中が心配しているが、来年の今頃には冬季北京オリンピックも行われる予定となっている。中国のコロナ禍がどうなるかが問題だが、恐らく、来年までにはコロナも終息しているだろうと期待する。

 

ところで、夏季オリンピックと同様に冬季オリンピックでの日本選手の活躍にも注目だが、アジアの韓国、中国以前に日本は既に冬季五輪を1972年の札幌、1998年の長野というふうに2回も開催している。この陰には猪谷千春氏という、1956年にイタリアのコルチナダンペッツオで開かれた冬季五輪の回転競技で、銀メダルを獲得した選手の努力があった。写真上は1956年にイタリアのコルチナダンペッツオで開かれた冬季五輪の回転競技で、銀メダルを獲得した猪谷千春氏。

 

 

1945年に第二次世界大戦が終わって再び4年おきにオリンピックが開かれるようになったが、夏季オリンピックでは白人以外の黒人とアジア人も金メダルを獲得していたのだが、冬季オリンピックはウィンタースポーツ競技という性格から白人だけの大会になってしまっていた。当時のIOCはこれに大いに失望していた。

「欧米の白人しか冬季五輪でメダルが取れないのでは、世界大会にならない。なんとか有色人種にもメダルを取ってもらいたいが、ウィンタースポーツの性格からして有色人種がメダルを取るのは難しいだろう」

という失望の声が聞かれた。

 

欧米人の冬季五輪幹部たちが注目したのは、やはり、夏季五輪でも日本人の参加に期待したように、アジアの国でウィンタースポーツが盛んだった日本人が活躍することだった。だから、猪谷千春が1956年にイタリアのコルチナダンペッツオで開かれた冬季五輪の回転競技で銀メダルを取った時は、冬季五輪幹部たちは大いに喜んだ。

 

そこで、冬季五輪の幹部たちが注目したのは、やはり、大河ドラマ「いだてん」で描かれたように、「オリンピックの父」であるクーベルタン伯爵が日露戦争に勝って国力があった日本人に、オリンピックに参加した活躍することを期待したように、アジアで最もウィンタースポーツが盛んな日本人が活躍することを期待したのだった。

 

だから、1956年にイタリアのコルチナダンペッツオで開かれた冬季オリンピックの回転競技で、日本人の猪谷千春選手が銀メダルを獲得した時は、もちろん、日本人は大喜びしたが、冬季オリンピックの白人の幹部たちも大喜びをした。

「これで、やっと、冬季オリンピックも欧米人だけの大会ではなくて、世界大会になることができた」

と言って、白人以外の有色人種がメダルを獲得したことを喜んだ。そして、猪谷の銀メダル獲得から14年後、欧米都市以外では初の冬季オリンピックが1972年に札幌で開催されたのである。この札幌大会のスキージャンプ競技で、「日の丸飛行隊」が金銀銅を独占して有色人種初の金メダル獲得となった。

 

こちらが猪谷千春のウィキペディアの説明。

 

ja.wikipedia.org

猪谷千春の親友だったオーストリア人のトニー・ザイラーは、猪谷が銀メダルを取ったコルチナダンペッツオ大会で、回転、大回転、滑降で金メダルを取った。ザイラーは日本が大好きで何度も来日しており、日本映画にも出演していて日本の芸能界とも付き合いがある。一方で彼はアメリカが嫌いなようで、ハリウッドスターなどとは全く付き合いがない。ナチスドイツに併合されたオーストリアで育ったという背景が、その理由かもしれない。

 

f:id:novaluewriter:20210205120444j:plain

 

写真上はコルチナダンペッツオのオリンピックで銀メダルを取った猪谷千春(右)と、金メダルを取ったオーストリア人のトニー・ザイラー(左)。

 

猪谷とザイラーの友情はとても有名な話であり、ザイラーはオーストリアで生まれてヒトラーに併合されてドイツ第三帝国の一部となったオーストリアで育ったせいか、アメリカをすごく嫌っていて、一方で日本が大好きであり何度も来日して長期間滞在している。スキー選手を引退した後に、オーストリアとドイツで多くの映画に出演して、有名なものには「白銀は招くよ」がある。

 

また、日本でも「銀嶺の王者」という映画に主演しており、日本の芸能界、特に映画界との交流も深い。一方で映画の都であるアメリカのハリウッド映画人とは、ほとんど交流がない。あくまでも推測であるが、やはり、ナチスドイツに併合されたオーストリアで育っていてナチスドイツ時代を経験しているので、元同盟国である日本が大好きな一方で、敵であったアメリカが嫌いなのかもしれない。また、戦後は長い間、ドイツ映画人はハリウッドでは冷遇されていたという事実もある。

 

こちらが、トニー・ザイラーのウィキペディアの説明。

 

ja.wikipedia.org