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ベルヒテスガーデンのヒトラーの別荘跡地

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ドイツ南東部のベルヒテスガーデンには、ヒトラーの山荘(ベルグホーフ)の廃墟があり、本来ならここが観光スポットのメインになるはずだが、ネオナチ、極右主義者の聖地になることを恐れて、ドイツ政府は標識、案内板などは何も立ててない。

 

 

上の写真はドイツ南東部、オーストリアとの国境に近いベルヒテスガーデンにあるヒトラー総統の別荘の廃墟である。別荘の名前はベルグホーフといった。2005年7月に僕がここに旅行した時に撮影した。

 

ここは歴史的にとても重要な場所であるのだが、戦後のドイツ連邦政府はネオナチ、極右主義者の聖地になることを恐れて、看板も何の表示も残していない。グーグルの地図にも一応、「ベルグホーフ跡」と書いてはあるが、付近には看板も何も立ってないので、英語、ドイツ語のサイトなどをよくよく調べないと本当にベルグホーフの廃墟なのかよくわからない。僕の場合は事前にベルグホーフ付近でペンションをやっている親日的なおばあさんに確認をとったので、この廃墟がベルグホーフであると確信を持つことができた。

 

「親日的なおばあさん」というのは昔から日本人数人の知り合いがいて、彼女のペンションに滞在した時に、「ヒトラーには隠し子がいたんです」と教えてくれたS夫人である。夫人はまだ若かった頃に、当然ながらヒトラー、ゲッベルス。ゲーリングなどのナチスの首脳と会ったことがあるような方だった。

 

「ヒトラーの隠し子」については、過去にブログに書いたことがある。こちらがそのブログである。

 

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下の写真がナチスドイツ時代のヒトラー山荘のベルグホーフの様子。ドイツの多くの若者たちが、ヒトラーに会う順番を待っている。ナチスドイツ時代は国民にとってはここは「聖地」だったようだ。

 

 

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それで、上の写真がナチスドイツ時代のベルグホーフである。ヒトラーユーゲントとBDM(ドイツ少女同盟)の若者たちが、ヒトラー総統と歓談する順番を列を作って待っている。軍国主義時代の日本では政府と軍の幹部、皇室の方々は国民と親しく触れ合うということはあまりなくて、「国民は黙って政府と軍の命令に従え」というようなトップダウンの組織だった。これは今でも日本では続いており、年上の会社の重役と若い社員がリベラルに会話をすることは日本では稀なことである。

 

だが、一方でヒトラー、ゲッベルス、ヒムラーなどのナチスドイツの幹部はけっこう国民の若者、女性、子供と親しく会話をしており、ここが日本とは大きく異なる点だろう。映画「ヒトラー最期の12日間」の中でも、ナチスドイツの大臣たちと軍の幹部たちがたくさんいる所で、ヒトラーと愛人のエバ・ブラウンが長い間キスをするシーンがあった。しかし、総統官邸の外では、その間も殺戮が続いていた。

 

この写真に写っている若者たちも、ヒトラーユーゲントの男は後にドイツ兵になって最前線で戦い、女性は銃後でドイツ社会を支えていた。中には親衛隊に入って、ユダヤ人を始めとする劣等民族の殺害、ホロコーストに参加した者もいた。

 

 

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上の写真はベルグホーフの周りに掘られたブンカーの廃墟で、ナチスドイツ時代はドイツ親衛隊の兵士がベルグホーフの地下に掘られたブンカーに駐屯して、総統の警備にあたっていた。ブンカーは地下に蟻の巣のように掘られた地下通路によって繋がっており、僕はブンカーと地下通路の一部を歩いたが、総延長はかなりの距離になると思う。だから、地下通路の一部しか歩かなかった。

 

 

ヒトラーの山荘、ヒトラーを警備するブンカーなどには大した説明はなかったが、ナチスドイツ時代の恐怖政治を展示している「オーバーザルツベルグ現代史研究所」は、日本語のガイドブックにも記載されていてわかりやすい。ドイツ政府はベルヒテスガーデンを訪れる観光客に、ナチスドイツ時代の悲劇をよく知ってもらいたいようだ。

 

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上の写真は僕が1997年9月に行った時にはなかったが、2005年7月に行った時には建っていた建物で、中にはナチスドイツ時代の恐怖政治を紹介する多くの資料が展示されている。名称は「オーバーザルツベルグ現代史研究所」である。ヒトラーの山荘ベルグホーフの廃墟、ヒトラーを警備するブンカーなどにはほとんど何の説明もなくて荒れ放題になっているが、この資料館はわかりやすく日本語のガイドブックにも掲載されていて、ベルヒテスガーデンを訪れる観光客はここでナチスドイツ時代の恐怖政治をよく知ってほしいというような、ドイツ政府の意図がよくわかる。この建物の外観は、絶滅収容所の囚人を収容したバラックの形に似ていることがわかると思う。

 

ベルリンのヒトラー総統官邸跡地にも、総統官邸があった頃の様子を説明する看板が立っており、ゲシュタポの本部があった跡地は、いまではナチスドイツ時代の恐怖政治を展示する博物館になってる。ベルリンでもベルヒテスガーデンでも、ナチスドイツ時代に関係のある場所では、ナチス時代の恐怖政治をよく知ってほしいというドイツ政府の意図がよくわかる。

 

でも、僕はナチスドイツ時代のことについてはよく知っているから、別に真新しい事実とかは見つからなかった。