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アメリカ軍がライン川を渡ったレマゲン鉄橋を訪問した

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米英連合軍は1944年6月にノルマンディに上陸して快進撃を続けていたが、ドイツ国内に攻め込むための最後の障害であるライン川をなかなか渡河できなかった。

 

 

2012年10月にドイツへ旅行した時に、「レマゲンの奇跡」で名高いレマゲン鉄橋を訪れた。写真上はライン川西岸に残るレマゲン鉄橋の袂の残骸で、中は平和博物館になっている。

 

1944年6月にノルマンディに上陸して、8月末にはパリを解放した米英軍を中心とする西側連合軍だが、ドイツ国内への最後の障害であるライン川を渡ることは容易ではなかった。映画「遠すぎた橋」に描かれているように、9月にはオランダで空挺部隊と陸上部隊が協力して一挙にライン川を渡る作戦が行われたが、ドイツ軍の激しい抵抗にあって失敗した。

 

その後、12月に行われたドイツ軍の反抗作戦である「バルジの戦い」がベルギー、ルクセンブルクに広がるアルデンヌの森で行われて、ドイツ軍は精鋭の機甲部隊を失った。だが、1945年3月初めになってもまだ連合軍はライン川を渡れなかった。もちろん、ライン川西岸にあるアーヘン、ケルンなどは占領できたが、多くのドイツの主要都市はライン川東岸にあり、ベルリンへと進撃するためにもライン川の渡河が必要だった。

 

アメリカ軍は偵察活動からレマゲンにあるルーデンドルフ鉄橋がまだ無傷であることを発見して、3月7日にこれを攻撃して確保した。もちろん、ドイツ軍側もルーデンドルフ鉄橋を爆破しようと爆薬を仕掛けていたが、爆薬の量が足らずに失敗した。アメリカ軍はこの橋からやっとライン川東岸に橋頭保を築いて、ドイツ内部へと進撃していった。3月17日に橋は、爆破の時のダメージと大量の物資を載せ過ぎたために崩壊した。

 

レマゲン鉄橋の戦いの詳しい説明はこちら。レマゲン鉄橋が米軍に占領された後も、ドイツ軍はV2ロケットまでを橋に向けて撃って、橋を壊そうと努力したと書かれている。

 

ja.wikipedia.org

 

 

レマゲン鉄橋(当時の正式名称はルーデンドルフ鉄橋)の廃墟は今では平和博物館になっており、橋にはレマゲン鉄橋を渡ったアメリカ軍第9歩兵師団を讃える記念プレートが刻まれている。

 

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上の2枚の写真の内、上はレマゲン鉄橋を渡ったアメリカ第9歩兵師団を讃える英語とドイツ語のプレート。アメリカ政府は本当に世界各地にアメリカ軍の勝利の記念碑を作るのが好きである。(苦笑)下はかつて鉄橋があった場所を、ライン川下りの観光船が航行している様子。レマゲン鉄橋付近には観光船が止まる桟橋があり、歴史的に有名な鉄橋を観光船で訪れる人も多い。鉄橋の周りはとても美しい風景である。レマゲン鉄橋の位置はケルンとコブレンツの間にあり、鉄道と観光船の両方で訪れることができるのでけっこう便利な位置にある。

 

 

レマゲン鉄橋の平和博物館では、ハリウッド映画「レマゲン鉄橋」(当然ドイツ語版)がいつも放映されている。

 

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上の写真はハリウッド映画の「レマゲン鉄橋」であり、鉄橋の廃墟の中にある平和博物館では毎日この映画が上映されている。ドイツの博物館でドイツ人向けなので、当然ながらドイツ語版である。(笑) ちょっと余談だが、ドイツの映画館ではハリウッド映画が公開される時は字幕版はほとんどなくて、ドイツ語吹替え版ばかりである。僕はドイツ人家庭にホームステイしていた時に、数本の映画を家族と一緒に見たが、テレビ放送もレンタルビデオも全部の映画がドイツ語吹替え版だった。北野武監督の「HANA-BI」を初めてドイツのテレビで見たが、やはりドイツ語吹替えだった。(笑)

 

映画「レマゲン鉄橋」に話を戻すと、この映画はけっこよく出来た映画ではあるが、残念ながらドイツ側の主役のクリューガー少佐を演じるロバート・ボーンが、どう見てもドイツ人には見えないという欠点がある。この映画に出てくる人物では僕自身は、連合軍に降伏を申し出るシュミット大尉が好きである。演じているのは「史上最大の作戦」「バルジ大作戦」などの大作で、良心的なドイツ兵を演じているハンス・クリスチャン・ブレッヒ。この映画でもブレッヒは、長い戦争に嫌気が差しているベテランのドイツ軍将校を演じている。