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日本の高校野球のような大会はドイツではあり得ない(1)

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今の高校野球は私立の野球学校が上位を独占していてつまらなくなっている。それに元はというと高校野球は朝日新聞のビジネスとして始まっており、自然に始まった大会ではない。

 

始めに当然のこととして断っておきますが、「ドイツはサッカー大国だから、日本の高校野球のような大会がないのは当たり前だろう。ドイツ人は野球には興味がないのだから」というような、そういう意味のタイトルではありません。(苦笑) 

 

高校野球は甲子園で毎年全国高校野球大会をやっていて、夏にはテレビでは高校野球の特集をやってるが、今から10年後くらいには地上波で高校野球を中継しても、誰も見なくなるかもしれない。既に東北地方などの野球後進地方では、高校野球には興味がない人が増えている。なぜ、僕が住んでいる仙台市などの後進地方では高校野球が人気がないのかというと、宮城県は「どうせ、他県からの野球留学生をたくさん集めた野球学校の仙台育英か東北が甲子園に行くのだろう」という雰囲気があり、県大会からして全く盛り上がらない。隣の福島県などは、他県からの野球留学生をたくさん集めた聖光学院が11年も連続して出ている。福島県民は絶対に、「また私立野球学校の聖光か」という感じで白けているだろう。写真上は最後の公立高校の優勝校である、2007年夏の大会で優勝した佐賀北高校。本来の高校野球の姿は、学区内の地元生徒だけを集めた公立高校が優勝するはべきだろうが、今は私立高校が大金をばら撒いて優秀な野球留学生を集めて強いチームを作って、全国大会で優勝をしている。

 

そもそも、日本の高校野球、プロ野球などと欧米のプロスポーツでは、始まった時からその経緯がかなり違う。ヨーロッパのプロサッカーリーグ、アメリカの野球のメジャーリーグなどは、20世紀の初頭に多くの市民クラブチームが創立されたので、「週末に市民クラブチーム同士が対戦するリーグ戦をやろうか?」ということで始まった。スポンサーも色んな会社がそれを後押しする形で自然と集まった。

 

一方、日本の高校野球というのは自然発生的に始まった大会ではない。朝日新聞社が大正4年(1915年)に、「大日本帝国も富国強兵が成功してかなり豊かな国になり、大正デモクラシーの時代で国民の娯楽が必要だろうから、全国の中等学校(今の高等学校)を集めて野球大会を始めてビジネスにしたい」と思いついて、第1回大会を大阪の豊中球場で開催したのである。当然、第1回大会の始球式を行ったのは当時の朝日新聞の社長である。だから、夏の大会は異常なほどに朝日新聞が、「学生たちによる汚れなき白球の感動の大会」とうたって高校野球たちによる感動ポルノを押し売りしている。もちろん、NHKも戦前からずーっと中継しているから、この感動ポルノの押し売りに協力している。一方で朝日とNHKは酷暑の中で行う大会の過酷さ、野球部員による暴力いじめ事件、球数制限問題などはあまり報道しない。


 

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日本の野球界はプロ野球とアマチュア野球の間に深刻な対立があったが、そのような対立を起こさないように全てを日本サッカー協会の監督の下に始めたのが、サッカーJリーグである。そして、Jリーグの運営方法はドイツのブンデスリーガを手本としている。

 

これとは対照的に「野球界のような問題を起こさないように、ヨーロッパ型の科学的な組織を作ろう」という掛け声で作られたのが、JFA(日本サッカー協会)を頂点として組織されたプロのJリーグとその下部組織のユース、ジュニアチームである。ちなみに、Jリーグが発足した時にお手本としたのは、ドイツのブンデスリーガである。これは、1964年の東京五輪の時に日本代表を率いた監督がドイツ人のクラマー氏であり、クラマー氏が、「日本サッカー強化のために、必ずプロサッカーリーグを作るように」と言い残したからである。その後、日本人プロ選手1号となった奥寺康彦もブンデスリーガの1FCケルンでデビューしたとか、Jリーグが発足する前から日本とドイツのサッカーは多くの交流があった。写真上は東京にある日本サッカー協会の入っているビル。ここには日本サッカーミュージアムもある。

話を日本の野球に戻すと、日本の野球界というのは、高校野球は朝日新聞、プロ野球は読売新聞、社会人野球は毎日新聞というふうに、各大手の新聞社のビジネスのために始まったのがスタートした時から不幸だった。だから、大手新聞社がそれぞれの儲けと縄張りを独占するようになってしまい、大手新聞社の対立と共に野球界自体がバラバラになってしまった。

だから、1993年にプロサッカーのJリーグは川渕三郎チェアマンを頂点としたプロリーグを組織して、なるべく特定のスポンサー名と特定の新聞社に利益が偏らないようにリーグ作りをした。この様子を当時(1993年)の読売ベルディのオーナーでもあった読売新聞のナベツネ社長は、川渕のことを「独裁者」と呼んで苦々しく批判したが、Jリーグ発足と同時に全国にプロリーグ入りを目指すサッカーチームが出来てサッカー人気は毎年どんどんと上昇して、一方でプロ野球と高校野球の人気は低迷していった。

そして、全国高校野球大会に参加する高校数は2000年頃の4100校を頂点としてその後は減少傾向にあり、今年は16年連続の減少で3700校にまで減っている。毎年60校くらい減っているので、このままだと10年後には3000校以下になって高校野球人気はますます低下するだろう。低下の原因は少子化もあるが、もちろん、高校野球というのが今でも昭和時代の運営方法から何も変わっておらず、頭髪は丸刈りで入場式は軍隊式で、真夏の炎天下に甲子園球場だけでしか開催しないというような非科学的な運営方法が原因だろう。

 

2004年には野球人気の低迷もあって、近鉄バッファローズが消滅して「プロ野球再編問題」まで起こったが、多くの野球関係者は「いずれは野球界はダメになる」ということを予想はしていたようである。日本のサッカーは「日本サッカー協会」が子供向けのジュニア大会からプロのJリーグまでを監督指導しているが、野球界にはそういう組織がないのである。さらに、プロ球団がアマチュア選手を指名するドラフトの時に、「江川事件」「桑田事件」のようにプロ球団が強引にアマ選手を指名する事件が何度もあったので、アマチュア野球界とプロ野球界がとても仲が悪かった。かつては「プロアマ協定」というのがあって、長嶋茂雄、野村克也氏などのプロ選手が学生である息子と、自宅でキャッチボールすら出来ないというルールまであった。

 

実は言うと僕もかつては高校野球の大ファンだったが、日本人プロ野球選手がメジャーに行くようになり、さらに、ドイツに語学留学をした時にヨーロッパのサッカーを見るようになってからは、「日本の野球界はおかしい」と疑問を抱くようになった。

 


このように高校野球への不満を書いているが、1990年代にサッカーJリーグが始まってサッカー人気が日本で加熱する前は、大の野球好きだった父の影響で「甲子園熱戦物語」という父に買ってもらった本をボロボロになるまで読むような、高校野球ファンの少年時代を過ごした。 それで、銀行員だった父が大阪支店に勤務していて、社宅が阪急西宮北口駅の近くにあったので、甲子園球場までバスで30分くらいで行けるような甲子園の近所に住んでからは、住み始めた時は甲子園球場が大好きだった。

西宮に住んで小学校に通った時にこんなことがあった。夏の全国大会が始まると、当然、クラスの友達と夏の甲子園を見に行こうと何人かを誘ったけど、すると、ほとんどの友達に、
「この暑いのに甲子園なんかで高校野球なんか見たくない。高校野球というのは、クーラーの効いた家でかき氷を食べながら見るもんやで。そうか、G(僕のこと)は広島から1月に引っ越してきたばかりやから、甲子園で高校野球を見たいんか?おれたち、もう、何度も甲子園に行ってるから見飽きたからな。他の奴と行けや」
と言われて、ほとんどみんなに断られてしまった。

それで、父と一緒に夏の大会の準決勝の試合(早実の荒木大輔が出ていた試合)を見に行って内野席の前の方に座ったら、気温が35度もあって1回が終わった時点でもう帰りたくなってきた。でも父が、
「せっかくお金を払って球場に入ったんだから、試合終了まで見ろ」
と言ったので、すごく暑いのを我慢して終わりまで見た。でも、球場を離れる時に、大の野球ファンの父ですら、
「高校野球は甲子園球場で見るものではないな。やっぱり、家でビールでも飲みながら見るのが一番いいな」
と言い出すほど、父も暑さにバテていたようだった。


今では、「兵庫県にある甲子園球場は、真夏に高校野球をするには適してないのでは?温度を調節できるドーム球場があるのだから、ドーム球場でやったら?」という意見も増えている。

 

(2)に続きます。