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「バルジ大作戦」の激戦があったバストーニュの写真(2)

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前のブログの続きで、前のブログではバストーニュの町にあるアメリカ軍の記念碑を紹介したが、この記事では博物館などを紹介する。

 

前のブログ記事の続きです。今日(12月16日)はドイツ軍が「ヴァハト・アム・ライン作戦」(ラインの守り作戦)を発動させて、ドイツとベルギー国境地帯で「バルジの戦い」が始まった日なので、激戦地となったベルギーのバストーニュ市の写真をアップします。これらの写真は、僕が2012年9月にベルギーのバストーニュ市を訪れた時に撮影したものです。

 

上の写真はバストーニュの隣町であるウーファーリズの町に残るドイツ軍のパンター戦車の残骸。バルジの戦いが終結した時には、多くのドイツ軍戦車が燃料切れで戦場に置き去りとなり、ドイツ軍は貴重なパンター、ティガー戦車の多くを失った。この辺は映画「バルジ大作戦」のラストシーンに描かれている。映画「バルジ大作戦」は、ドイツ戦車兵が「パンツァーリード」を合唱することで有名な映画である。だが、実際の歴史とはかなり違ったストーリーになっている。

 

バルジの戦いの詳しい説明はこちら。

 

ja.wikipedia.org

 

アメリカ軍第101空挺師団司令部があった建物が、バストーニュの戦いを紹介する歴史博物館になっていた。

 

 

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上の写真はバストーニュの町をドイツ軍機甲部隊の攻撃から守ったアメリカ第101空挺師団の司令部があった建物で、今ではバストーニュの戦いの博物館になっている。

 

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上の写真はバストーニュの町を一緒に守ったアメリカ兵とベルギー人警官の人形。現地ではけっこう有名な写真らしい。現地のベルギー市民はヒトラーの独裁政治によるナチスドイツの支配を嫌っていたので、当然ながらアメリカ軍を解放軍として迎えており、ベルギー人警官と市民はアメリカ軍を助けた。

 

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上の写真はバストーニュの町を包囲した、フォン・マントイフェル大将の率いるドイツ第5機甲軍の戦車兵と擲弾兵の写真。ドイツ軍は侵略者扱いなので、博物館内の展示は当然ながら少なかった。

 

ヒトラーの率いるナチスドイツ軍は北はノルウェーから南は北アフリカまでの各地で戦ったので、ヨーロッパ各地には第二次世界大戦でのドイツ軍と連合軍の戦いの記念碑が建っている。どの記念碑でもドイツ軍は侵略者扱いになってる。

 

 

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上の写真はバストーニュ歴史センターの近くに展示されている、イギリス軍のM10アキリーズ駆逐戦車。イギリス軍はこの地区では戦ってないので、なぜ、この駆逐戦車が展示されているのか理由は不明。恐らくアメリカ軍のM10ウォルブリン駆逐戦車を展示したかったのだが、アキリーズで代用しているのだろう。

 

 

僕は今までのブログ記事でドイツ国内とヨーロッパ各地にある第二次世界大戦の記念碑と軍事博物館を紹介したが、ナチスドイツ軍は北はノルウェー、南は北アフリカ、西は大西洋沿岸、東はロシアの奥地でまで戦ったので、ヨーロッパ各地にドイツ軍と連合軍の戦いの記念碑が残されている。そして、ほとんどの記念碑ではドイツ軍は侵略者扱いである。まあ、これは日本にも全く同じことが言えるわけで、戦争に負けると侵略者扱いなのは仕方がないことだろう。