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ヒトラー総統大本営のあったヴォルフスシャンツェの写真(1)

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2007年7月にポーランドのケントシンという町にあるヒトラー総統大本営跡を訪ねた。第二次大戦当時はここはドイツ領でラステンブルクというドイツ語名で呼ばれており、ヴォルフスシャンツェ(狼の巣)というヒトラー総統大本営があった。

 

2007年7月に、ポーランドのケントシンという町にあるヒトラー総統の大本営があったポーランドのケントシンに行ってきました。今ではケントシンというポーランド領の町ですが、第二次世界大戦の頃はラステンブルクという名前のドイツ領東プロイセンの一部であり、ここにヒトラー総統の命令でヴォルフスシャンツェ(”狼の巣”という意味)という戦争の指揮を執る総統大本営が作られたのです。この場所に作られたことは、当然、ソ連侵攻のバルバロッサ作戦の指揮を念頭に置いてもことであり、完成したのは1941年6月21日というバルバロッサ作戦発動の前日でした。

 

 

トム・クルーズがシュタウフェンベルク大佐を演じた映画「ワルキューレ」で、シュタウフェンベルクがヒトラー暗殺のために爆弾を爆発させたのはここであり、その跡地には追悼記念碑が立っている。



写真上は2009年に日本で公開された映画「ワルキューレ」(トム・クルーズが主役のシュタウフェンベルク大佐役を演じた)で有名になったシュタウフェンベルク大佐が、ヒトラー暗殺のために爆弾を爆発させた場所に立つ追悼記念碑。1944年7月20日に暗殺未遂事件があった時は、ここにはヒトラーとナチスドイツの幹部を警備するために多くのドイツ国防軍兵士がいた。

 

映画に描かれているように、シュタウフェンベルク大佐はベルリンに帰るとすぐに、「ヒトラーは死んだ。ゲッベルスを始めとするナチス幹部を逮捕するように」と命令を出したが、残念ながらヒトラーは生きており、ヒトラーの生存を知った国防軍軍人と親衛隊員たちがシュタウフェンベルク大佐と反ヒトラー派の一味を逮捕して、彼らはその日の夜に銃殺刑に処された。

 

写真下はヴォルフスシャンツェにあるゲスト用のブンカー。ナチスドイツとは軍事同盟を結んでいたので、駐ドイツ日本大使だった大島浩を始めとする数人の日本人もここを訪れており、VIPであるゲストはこの巨大なゲストブンカーに宿泊したと、説明書には書いてあった。

 

写真を見ればわかるように、ソ連軍がヴォルフスシャンツェを占領した時にヒトラーの司令部があった忌まわしい場所なので、全てのブンカーを爆薬で完全に爆破しようと試みたが、あまりにもブンカーが頑丈なので完全な破壊は断念して、今でも廃墟としてブンカーは残り観光名所となっている。

 

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ヴォルフスシャンツェへのアクセスはとても悪くて、僕が行った時はポーランド首都のワルシャワから電車で6時間もかかった。恐らく今でも交通のアクセスは同じだろう。

 


ヴォルフスシャンツェがあるケントシンへのアクセスはとても悪くて、恐らく今でもポーランドの首都ワルシャワからは電車で6時間ほどかかります。ケントシンとその周辺にはヴォルフスシャンツェ地域以外にも、東部戦線での作戦指揮を執るために多くのブンカー、ナチスドイツ幹部の別荘などが建てられており、ナチスドイツ軍マニアなら一度は訪れるべき場所です。ですが、ブンカー、旧別荘があちこちに分散して建てられており、それらを全部見て回るには現地に5泊くらいする必要があります。当然、日本語のガイドはいないので、ある程度は英語かドイツ語かポーランド語がわからないと何もわかりません。(苦笑)

 

写真下はヒトラー総統のブンカー。当然ながらゲストブンカーと同じほどの巨大なブンカーであり、警備はとても堅固だった。

 

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(2)に続く。