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難しいドイツ哲学は今の時代に何の意味があるのか?

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ゲーテの著作である「ファウスト」はファウスト博士が真理を探す旅に出るという話だが、ドイツ語学校で「ファウスト」の感想文を書く宿題が出た時に、「僕は実用主義者なので真理を探す旅なんて無意味だと思う」という感想文を書いた。

 

 

僕が1999年に30歳の時に、シュツットガルト付近のドイツ家庭にホームステイをしながら語学学校でドイツ語を学んでいた時のことだが、宿題でゲーテの「ファウスト」を短くまとめた本をよく読んで、その感想を書くようにというのがあった。上はゲーテの肖像画。

ゲーテの「ファウスト」という話はドイツ文学に詳しい人ならよく知っていると思うが、要するに、現実社会の闇と混乱に嫌気が差したファウスト博士は「真理を求める旅」に出かけて、その途中でさまざまな出来事にあうが、最後は恋人のグレートヒェンの助けもあって真理を見つけてファウストの魂は救済される、という話である。僕はハイライトしか読んでないから、詳しい部分は違うかもしれない。(苦笑)

 

普通の人なら、「真理を求める旅に出て何度もの困難を乗り越えて、遂に真理を見つけて魂も救済されたファウスト博士は本当に立派な人だ」と書くのだろうが、僕はひねくれ者なので、ちょっと違った感想を抱いた。

「真理を求める旅に出るなんて馬鹿じゃないか?だいたい、この世の中に真理なんてあるわけないだろう。真理という名前の人とか町名ならあるかもしれないが、真理なんてたとえ100歳まで生きても、見つけられる人はいないだろう。真理を探す旅をしている暇があったら、その間に仕事をしてお金を貯めて幸せな家庭を作ればそれでいいだろう。僕は実用実利主義の人間だから、真理を求める旅に出る人は理解できない」
穆は本当にそういう感想を抱いたし、宿題の感想文には正直にそのように書いた。

 

語学学校の中年女性の先生は、「確かに今はドイツを始めどこの国でも実用主義者ばかりなので、真理を求める旅なんて無意味に思えます。でも、そのような混沌とした時代だからこそ、『ファウスト』を読む意味があるのです。よりよき相互理解と世界のために」と微笑んで言った。

 

 

それで次の授業の日に、他のみんなと一緒に僕もこの感想文を発表した。アメリカ人、ロシア人、僕以外の日本人などの他の生徒たちは前にかいたような、「世の中の闇に嫌気が差して、真理を求める旅に出たファウスト博士は本当に立派な人で・・・」というような、予想した通りのファウストを称える感想文を書いていた。

でも、僕は上に書いたような「真理を求める旅に出るなんて馬鹿だ」という感想文を読んで、さらに、「仮に真理を見つけたとしても、お金にはならないから意味がない」と言った。すると、中年女性のドイツ語の先生はニコリと笑ってこう言った。
「そうです。確かに今の時代、仮に真理を見つけてもお金にはなりません。みんな、もっとお金がほしいとしか思ってませんから。でも、だから、今の時代にこそ『ファウスト』のようなドイツ哲学が必要なんです。T(僕のこと)は自分のことを実用主義者と言ってましたが、今の世の中はドイツ人でも実用主義者ばかりです。いい企業に入って、たくさん給料を貰って、スポーツカーに乗って、豪邸に住んでとか、みんなそんな世俗に塗れたことしか考えてません。だから、世の中は混沌とするだけなのです。今のような混沌とした時代にこそ、ファウストを読む必要があるというのが、ここでみんなにファウストを読ませた狙いなのです。どうやら、Tはその狙いをよく理解できていたようです」

アメリカ人女性の生徒は「実用主義って、アメリカ発祥よね?ナイキの宣伝に使われている[Just Do IT]とか。アメリカ人てバカが多くてもっとお金が欲しいという人しかいないから、ヨーロッパの哲学なんて理解できないのよ。アメリカ人としてとても恥ずかしく思うわ」と言っていた。下の写真はゲーテの「ファウスト」の1808年に発行された初版。

 

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ホームステイをしていた家族の主人と奥さんも「よりよき相互理解、よりよき世界のために、ゲーテを始めとするドイツ哲学を理解する必要がある」と言った。今の日本の教育には教育哲学が欠けてるかもしれない。

 

ホームステイ先の夫妻にもゲーテの「ファウスト」を教材で取り上げた話をしたが、奥さんは「今の男で仕事もロクにしないでゲーテとか哲学の本ばかり読んでいる人は、魅力がないと思う。今の時代はコンピューターとか、車の運転とか仕事に使えるスキルを覚えないとだめだと思う」と言っていた。

旦那さんは僕に「真理とは何かね?真理を発見できると思うか?」と質問した。「真理なんて100歳まで生きても発見できないかもしれないし、人それぞれで真理は違うだろうから、簡単には見つかりませんよ。真理さんという人とか地名なら見つかるかもしれませんけどね」と僕は答えた。

「でもね、よりよき相互理解(Besseres Verstaendnis)、より良き世界(Bessere Welt)のために、『ファウスト』のようなドイツ哲学を勉強することは必要なんだよ。この世界を止揚する(Aufheben)ためにもね」と、旦那さんはニコリと笑って言った。「止揚する」というのはヘーゲルの弁証法に使われる言葉で、「人間の行動と社会をある程度高いレベルに保つ」という意味のようだ。


今は日本は国が混沌とした中にあるかもしれませんが、それは哲学を重視した教育、会社経営を怠っているのが原因かもしれません。特に日本の教育なんて「次の1~5の中から正解を選べ」というマークシート方式が多くて、そんな教育に哲学なんてあるわけないですから。でも、「真理を追究する哲学なんかを勉強しても、お金にはならないから役にたたないので全く意味がない」と文句を言う企業人も多いですから、これは、バランスを取るのが難しいことですね。(苦笑)