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北原白秋は実はいうとナチズムを讃える歌を作詞していた?!

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2019年3月に福岡県の柳川市へ観光で行って、5人ほどが乗った小舟で柳川駅付近からクリークを移動した。目的地はメイン観光地の立花家資料館と北原白秋資料館だった。

 

2019年の3月中旬にあいにくと雨が降る中、福岡県の柳川市に行って観光をしてきた。バスで西日本鉄道の柳川駅に着いて、それから観光用の小舟乗り場に行った。5人が乗った小舟で駅近くから中心部まで移動して、船頭さんがトークをしながら小舟を漕いだ。

 

小舟は柳川のメイン観光地であるこの地を収めていた立花家の資料館と、この町の出身の北原白秋記念館に向かっていたので、船頭さんが「皆さん、白秋が作詞した歌を何か知ってますか?一曲歌いますよ」と言ったけど、「まさか、実は言うと白秋が作詞していた『万歳ヒトラーユーゲント』なんて言っても、知らないだろうな]と思ったので、『からたちの花』と僕は言って船頭さんはそれを歌った。でも、小舟の客が全員僕のマイミクみたいな軍事マニアだったら、船頭さんは「万歳ヒトラーユーゲント」を歌わなければならなかった!!ウッシッシ

それで北原白秋記念館でも、白秋が「万歳ヒトラーユーゲント」を作詞したことはスルーされていた。すでに柳川に行く前に聞いていたことだがガッカリした。しかし、白秋が昭和17年9月に亡くなった時は第二次世界大戦の戦いが佳境だった頃であり、ウィキペディアでも「晩年は国家主義に傾倒していた」と書いてあるので、やはり、そのことに触れてもらいたかった。写真上が北原白秋。

 

北原白秋は「からたちの花」「まちぼうけ」のような牧歌的な詩をたくさん作詞した一方で、晩年は軍国主義に傾倒して「万歳・ヒトラーユーゲント」を始めとする軍歌も作詞していたが、そのことには資料館では軽く説明されてただけだった。

 

 

それにしても、白秋は「からたちの花」「この道はいつか来た道]」などを作詞した一方で、「万歳ヒトラーユーゲント」を作詞していると知った時は、「嘘だろ?何かの間違いだろ?」と思った。さらにこの歌のひどい単調な歌詞を知って、「白秋は発狂したとしか思えない」と驚いた。北朝鮮の「金将軍様マンセー」みたいな歌詞。


これが「からたちの花」の歌詞。

からたちの花が咲いたよ
白い白い花が咲いたよ

からたちのとげはいたいよ
靑い靑い針のとげだよ

 

youtu.be



こちらが、「万歳ヒトラーユーゲント」の歌詞。とてもひどい歌詞だ。僕も軍事マニアだけど、これはちょっと評価できない。政府から作詞を依頼されたけど、あまり気が乗らなかったので、適当な歌詞を作ったようにも思える。でも、あるサイトの説明を読むと白秋はけっこう真剣に作詞したらしい。

燦たり輝くハーケン・クロイツ 
ようこそ遥々西なる盟友 
いざ今見えん朝日に迎えて 
我等ぞ東亜の青年日本 
万歳ヒットラー・ユーゲント万歳ナチス

 

youtu.be

 

 

とても同じ人の作詞とは思えません。大正デモクラシーの頃は白秋は多くの牧歌的な詩を作詞したのに、時局が軍国主義になるとこのような詩を作詞してしまったのです。人間は不思議な生き物です。

 

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写真は北原白秋の生家。今は北原白秋記念館になっている。先に書いたように、日本と中国との戦争が始まった晩年には軍国主義に共鳴するようになり、北原白秋作詞、山田耕作作曲で多くの軍歌も作っているが、そのことには軽くしか触れられていない。