Deutschland-Lab

歴史や文化、スポーツなどドイツに関する情報まとめサイト

ドイツ空軍の撃墜王ハルトマン少佐のお墓を訪れた

f:id:novaluewriter:20200831131938j:plain

 

第二次大戦に詳しい軍事マニアなら、第二次大戦のドイツ空軍 最高のエースパイロットであるエーリッヒ・ハルトマン少佐の名前は知っているだろう。第二次大戦のナチスドイツ空軍には多くの100機以上の撃墜スコアを持つ撃墜王がいたが、その中でもハルトマンは撃墜機数352機と、他を引き離して圧倒的なスコアだった。ドイツ空軍でも30機以上の敵機を撃墜したのは、バルクホルンとハルトマンの2人しかいない。以下はハルトマン少佐のお墓を訪問した時の体験談である。

 

 

戦勝国のアメリカ、イギリス、ソ連軍の軍人は国立墓地などに集中してお墓があるが、敗戦国のドイツの場合は家族が建てたお墓しかないうので、墓地に行ってお墓を探さなければならなかった。

 

僕は1999年にシュツットガルト近郊のドイツ人家族の家にホームステイしながら独語を勉強したことがあり、そこの家に2005年6月にもう一度遊びに行った。そこから、ヴァイル・イン・シェーンブッフという小さな町にあるハルトマンのお墓に行った。

あるサイトに第二次大戦の有名な軍人のお墓の所在地一覧が記されていた。僕はこれを頼りに、ハルトマンのお墓を探しに行ったのだった。そのサイトはもう見つからないけど、[Erich Hartmann Grave]で検索すればお墓の住所は見つかる。

ヴァイル・イン・シェーンブッフの町に着いたけど、ものすごい田舎町でどこに情報センターなどがあるのかも見当がつかないので、とりあえず、地図で[Rathaus]と記されている町役場に行くことにした。

町役場に着くとドイツ語と英語で、
「こんにちわ。あの、第二次大戦の撃墜王のエーリッヒ・ハルトマン少佐のお墓はどこにあるのでしょうか?」
と職員の人に質問した。40台半ばぐらいの男の職員はびっくりして、
「君はハルトマン少佐のお墓を見るために、わざわざ日本から来たのか?すごいな!私はかつてハルトマンに会ったことがあるんだ」
と言った。
「えっ!ハルトマンに会ったことがあるんですか?どういう人でした?」
「残念だが話をしたことはないんだ。ハルトマンさんは大人しい方でね。あんまり公的な場所には出てこなかったんだ。町のあるパーティに出席したら長身の老人が立っていて、後で友人が『あの立っていた老人が、352機撃墜のハルトマンさんなんだ』と教えてくれたんだ。残念だが個人的な情報は教えられないけど、多分、町の古い町営墓地の方にハルトマンの墓はあると思う。君がちゃんと墓地に行けるように、町の地図をあげよう」
と言って、その職員の方は町の地図をくれた。

 

 

ヴァイル・イン・シェーンブッフという小さな町の役場の職員が教えくれた町の墓場に行って、墓場の中を30分ほど探してハルトマン夫妻のお墓を見つけた。


その地図を見ながら、気温30度を越える暑い中を1キロ以上歩いて町営墓地に着いた。でも、ここからも大変だった。墓地は思ったよりも広くて、かなり多くのお墓があった。そのお墓に彫られた名前を一つ、一つ、見ながら歩いて探すこと約30分、ようやくハルトマンのお墓を見つけたのだった。見つけた時は本当に嬉しかった。

墓石にはエーリッヒ・ハルトマンと、妻のウルズラ・ハルトマンの名前が刻まれており、さらに、[IN LIEBE FUER IMMER](永遠の愛と共に)と刻まれていた。

ハルトマンは最高の戦闘機乗りだったが、ソ連軍に捕まりシベリアに抑留された時には妻に毎日手紙を書いた大の愛妻家だった。戦後、西独空軍に復帰した時も、人間関係に悩んで辞職し、その後は妻と世界旅行をするという、家族とプライベートな時間を大切にする人だった。一説によると、
「世界史上、最高の撃墜王。ヒトラー総統のお気に入りで、ソビエト人民最大の敵」
などと呼ばれることを、ものすごく嫌っていたという。

僕がドイツに行く時には、こういうナチスドイツに関係のあるマニアックな場所を訪れることが多い。(苦笑)


上の写真は、第二次大戦時に352機の敵機を撃墜したドイツ空軍最高のパイロット、エーリッヒ・ハルトマン少佐のお墓。2005年の6月末に僕が撮影。

下の写真は、”ブービー”(坊や)とあだ名されたエーリッヒ・ハルトマン少佐の写真と、お墓を違う角度から撮影したもの。

 

f:id:novaluewriter:20200831133221j:plain

 

f:id:novaluewriter:20200831133258j:plain