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ドイツ博物館に展示されてる軍用機

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このブログ記事では、ミュンヘンにある「ドイツ博物館」に展示されているドイツ空軍の軍用機を紹介します。僕がここの博物館に初めて行ったのは1995年1月ですが、けっこう多くの第二次大戦時の本物の軍用機が展示されてました。もちろん、軍用機以外にもその他の鉄道技術を始めとする多くの今までのドイツの技術力が展示されてました。

 

 

上と下の写真は恐らく第二次大戦のドイツ空軍の軍用機としては最も有名なメッサーシュミットBf109型であり、これは機体にメルダース戦隊のマーキングが描かれていることから、バトル・オブ・ブリテンで活躍したE型だとわかる。

 

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次に紹介するのは、第二次大戦で使用されたドイツ空軍の戦闘機でも最も高性能と言われてるメッサーシュミットMe262型[Schwalbe](燕)ジェット戦闘機。ジェット戦闘機を実戦で使用したのはドイツ空軍が初めてだった。この戦闘機があと半年早く戦争に投入されていたら、ドイツ本土の制空権をドイツ軍が連合軍から奪い返すことが出来たかもしれない。ただし、イギリス空軍でも同じようにジェット戦闘機のグロスター・ミーティアが完成しつつあったから、ドイツ空軍が制空権を奪い返すことは無理だったかもしれない。

 

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このMe262型ジェット戦闘機を見ると、ジェットエンジンに日本の国旗である日の丸が描かれているが、博物館の係員の方にこのことを質問したら、「この機体は終戦時にスイスの湖に沈められたものを引き上げたことまではわかってるが、何で日の丸が描かれているのか、その理由は不明」と言っていた。

 

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こちらも、第二次大戦で実戦に投入されたことで有名なMe163型[Komet](彗星)戦闘機。優秀な戦闘機であったが、航続距離がすごく短かったことが欠点であり、連合軍はこの機体が配備された飛行場を避けて通るようになったので、あまり会敵することすら出来なくなって終戦を迎えた。この機体の設計図が日本に潜水艦でドイツから送られて秋水として生産されて、Me262が橘花として生産されたことはあまりにも有名である。

 

 

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この戦闘機はマンフレート・フォン・リヒトホ―フェン大尉の愛機として有名なフォッカーDr.Ⅰ型戦闘機。フォン・リヒトホーフェンは第一次大戦で80機の敵機を撃墜していて撃墜スコアはトップであり、第二次大戦の撃墜スコアトップは352機撃墜のエーリッヒ・ハルトマンなので、両世界大戦ともにドイツ空軍の最高のエースパイロットはドイツ軍人ということになる。また、フォン・リヒトホーフェン家は今でもドイツの名門家族であり、甥のマンフレート・フォン・リヒトホーフェン(同性同名)はドイツスポーツ連盟の会長を務めた。

 

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これは世界初のミサイル兵器として有名なV1ロケット。正式名称はフィーゼラー Fi 103である。世界初のミサイル兵器ではあったが、低速で対空砲と戦闘機で撃墜可能なこと、目的に命中する確率が低かったので、ロンドンにも他の都市にも大した損害を与えることは出来なかった。

 

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最後に紹介するのは、V1ロケットを改良したV2ロケット。連合軍の対空砲と戦闘機では迎撃不可能という高性能なミサイルだったが非常に高価であり、4発で爆撃機1機のコストに相当した。しかし、V1V2共に連合軍、特にメインの目標になったロンドン市民にとっては非常に驚異的な兵器だった。これらの兵器があと半年早く実戦に投入されていたら、第二次大戦の勝敗の行方はもっと混沌としていたかもしれない。しかも、ヒトラーとナチス政府には、これらのロケットの後継機か戦略爆撃機に原爆を積んでロンドンかモスクワを爆撃する計画まであり、もしそんなことが本当に行われていたら、第二次世界大戦の結末は恐ろしいことになっていただろう。

 

 

日本政府と軍が国民に竹槍訓練をさせて「一撃講和!」などと叫んでいた時に、一方のドイツでは次々と高性能の新兵器を繰り出して最後まで合理的な戦いをしていたということが、このドイツ博物館を訪れてよくわかったのだった。「ドイツの技術力は世界一!」などと某漫画で叫ばれているのもよく理解できる。(苦笑)

 

 

こちらがドイツ博物館のホームページ。(英語版)

 

www.deutsches-museum.de