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ベルリンのナチスドイツ軍が降伏した場所に建つ博物館(2)

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ベルリンの「ロシア・ドイツ博物館」には旧ソ連軍の兵器がたくさん展示してあった。 

 

ベルリンのカールスホルストにあるロシア・ドイツ博物館には多くの旧試練軍の兵器も展示されていたので、それらをこのブログで紹介する。実は言うと小学生の頃から軍事マニアだった僕にとっては、こちらのソ連軍兵器の方が見たくてこの博物館に行ったと言える。(笑)

 

上の写真は第二次大戦に投入されたソ連軍戦車の中では最強といえるISー2スターリン重戦車。122ミリ砲を装備しており、ドイツ軍のティガー1型、ケーニクスティガーと撃ち合っても負けない戦車だった。1945年8月8日にソ連軍が対日参戦をした後は満州にも攻めてきて、九七式中戦車しか所有してない日本陸軍の関東軍をあっという間に蹂躙した。戦後もポーランド、チェコなどのソ連の傀儡国家となった共産主義国家で使用された。

 

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次に紹介するのはISU152自走砲である。これも152ミリ砲を装備したとても強力な自走砲であり、1944年2月からソ連軍に装備された。この自走砲もドイツ軍機甲部隊でも手を焼くような強力な自走砲であり、ベルリン攻防戦まで活躍した、戦後はIS‐2と同じようにソ連の傀儡国家となった東ヨーロッパの共産主義国の他、米英軍が支援して建国されたイスラエル軍の敵であるアラブ諸国をソ連が軍事援助していたので、これらの国で使われた。

 

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次に紹介するのはSU100自走砲である。これは1945年1月から前線で使用されるようになり、ドイツ軍機甲部隊を相手に戦った。特にハンガリーのバラトン湖付近の攻防戦では大活躍をした。この自走砲も戦後は東ヨーロッパの共産主義国家で使用された。また、ISU152と同様にソ連が軍事援助をしていたアラブ諸国でも使用されて、2015年にもイエメンで使用されてるのが確認されている。

 

 

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次に紹介するのはトラックに搭載されたカチューシャである。カチューシャは自走式多連装ロケット砲のことで、ソ連製のものはカチューシャと呼ばれている。第二次大戦の独ソ戦でソ連側が使用しており、ドイツ軍にとってはよほどトラウマだったようで、ドイツ語では今でもニュースなどではロケット砲を「カチューシャ」と呼んでいる。

この兵器も戦後は共産主義国家とイスラエルと対立するアラブ諸国で使用されており、2006年にイスラエル軍の攻撃に対してレバノン軍が「カチューシャ」で反撃している。

 

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最後に紹介するのは122ミリ榴弾砲であり、これは第二次大戦期のソ連軍のメインの榴弾砲である。これを搭載したSU122という自走砲も生産された。榴弾砲なので対戦車攻撃には向いておらず、主に歩兵支援の関節攻撃に使用された。

 

 

旧ソ連軍の兵器は外見が魅力的であり、「カッコいい」と思ってこれらの模型を作る人が多い。

 

これだけ旧ソ連軍の兵器を見ればわかると思うが、旧ソ連はスターリン時代の五か年計画ですごい国力をつけており、多くのシベリア送りなどとなった国民の犠牲の上にここにアップしたような強力な兵器を生産することが出来た。これら兵器の外見は「カッコいい」と思われるものでもあり、上坂すみれさんなどは「旧ソ連軍の兵器が魅力的なので、ロシア語を大学で勉強することに決めた」と言っている。僕も学生時代にはソ連軍兵器の模型をよく作った。