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ドイツ人は日本人よりも戦争責任を反省しているのか?

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「ドイツは日本よりも戦争責任をよく反省している」と言う人がいるが、それは本当だろうか?

 

よく日本の左翼知識人は「戦後、ドイツは日本よりも戦争責任をよく反省している。日本人はドイツ人の反省の仕方を見習うべきだ」と言うことを繰り返し言っている。しかし、本当にドイツ人は戦争責任をよく反省しているのだろうか?

 

ドイツ人の場合も日本人の場合も、第二次世界大戦を反省する上で当然ながら大きな壁になるのは、「おじいさんとおばあさんが残酷な第二次世界大戦の時代を生き延びてくれなかったら、私はこの世に生まれて素晴らしい人たちに出会い、楽しい日々を過ごすことはできなかった」という動かせない事実である。これは、絶対に変えなれない事実であり、第二次世界大戦をものすごい苦労をして生き延びた日本人とドイツ人の老人たちに、「残念ですが、あなたたちは戦争犯罪を助けた愚かな人たちと学校の現代史の授業で習った。だから、あなたたちを尊敬することはできない」などとは言えるわけがない。


そのよい証拠として、僕はフェイスブックで多くのドイツ右翼思想の人たちと交流をしているが、他の日記でも書いたようにP(医者をしている僕のドイツ人の友達)はドイツで武装親衛隊のリエナクトメントを主宰しているが、彼の家はプロシア王国の時代から代々、ずーっと軍人の家系であり、ナチスドイツの時代には彼のおじいさんは武装親衛隊(略称=SS)のアインザッツグルッペンに所属して、東部戦線で反ナチス分子、ユダヤ人の殺害任務を行っていた。おじいさんは戦時中に日本軍将校とも交流があり、僕が彼と初めて会って話した時にも、「日本人がシャイだとか、話す時に人の目を見ないということはよく知ってるよ」と笑って言っていた。だから、彼もおじいさんからの家族の伝統を受け継いで、武装SSのリエナクトメントをやっている。そこには良心の呵責も何もないようだ。むしろ、おじいさんはPにとってはとても優しい素晴らしい人だったのに、おじいさんを裏切って左翼運動に身を投じる方が不自然だろう。これが、ドイツ人の限界であると思う。

 

 

おじいさんとおばあさんが残酷な第二次大戦を苦労して生き残らなければ、自分はこの世界に生まれることはなかったという、戦後生まれの日本人とドイツ人に共通する限界。

 

フェイスブックにはP以外にもナチスドイツを支持しているドイツ人の20代から30代の人たちがたくさんいて、僕は彼らと交流をしている。ある30代の女性は「私のおじいさんはヴェルナー・フォン・ブラウン博士の下で親衛隊将校の待遇で働いていて、主にV1V2ロケットの開発の仕事をしていた。おじいさんは亡くなったけど、私にとってはとても大切な人だったから、学校の教科書、ドイツのドキュメント番組で親衛隊がどんなに悪者とされても、私にとってはおじいさんが言っていたことが重要。私のことをネオナチと呼びたければ呼べばいい。私は亡くなったおじいさんのことを裏切れない。ナチスドイツと同盟していて理解を示してくれるあなたのような日本人と会えて、私は本当に嬉しい」ということを自己紹介のメッセージとして送ってきた。彼女は美しくて若い女性であり、当然ながら既に恋人もいて、恋人と一緒に微笑んで写っている写真などもフェイスブックにアップしている。

 

それで彼女のように、「おじいさんとおばあさんが大好きだから、ナチスドイツを支持する」というドイツ人の若くて美しい女性は彼女だけではなくて、ドイツに数多くいる。彼女らはやはり学校の教科書に書いてあること、ドイツ政府が述べた戦争に対する反省よりも血の繋がったおじいさんとおばあさんとの関係の方を重視するという気持ちが強く、これは日本の若者たちの中にも全く同じような人がいる。日本の教科書に日本軍の戦争責任が書いてあっても、日本政府がどう戦争責任の謝罪を述べても、やはり血の繋がったおじいさんとおばあさんなどの先祖を悪く言うことは気が引けるだろう。

 

 

僕の父はホロコーストの映画を見た時に、「日本人もドイツ人も経済的に追い詰められて戦争を始めてしまい、政府の主導による洗脳で残酷なことをしてしまった」と教えてくれた。


これは僕の家族の場合も全く同じで、僕が小学校4年の時に両親はユダヤ人虐殺を描いたアメリカのドラマの「ホロコースト」を見ていて、ユダヤ人を裸にして塹壕に寝かせて機関銃で撃って射殺するシーンを見ていた。そこで「日本とドイツは同盟していて、日本軍もアジア各地で似たようなことをしていた」と教えられて驚いたのだが、父はさらに「ドイツ人はゲーテの文学、ベートーベンの音楽、ドイツ哲学、高度な工業力とか優れたものがたくさんある民族なのに、なんで、こんな残酷なことをしてしまったのかな?やはり、第一次世界大戦後にすごい賠償金を押し付けられて、さらに、1929年のニューヨーク株式の暴落で経済的に麻痺すると、ヒトラーとナチス党みたいな連中について行ってしまったのだろうな。日本もよく似ていたけど、ドイツ人も可哀そうだな」と虐殺をしているドイツ人に同情することを言っていた。ただし、父は東北大学法学部でナチスドイツの歴史を学んでいたので、盲目にナチスドイツに同情していたのではなくて、「ナチスドイツと大日本帝国は同盟をして多くの戦争犯罪を行って敗戦国になったけど、その理由と経緯についてよく調べるべきだ。人間は経済的に追い詰められて政府に洗脳をされると、残酷なことも平気でしてしまう」という意見だった。こういう父のドイツと日本への見解は、そんなに間違っていたとは思わない。それで、父は僕がドイツ軍の戦記、ドイツ軍の戦車の模型を買うことは歴史の勉強になるからというので、惜しまずにお金を払ってくれた。そこから僕はドイツ軍に興味を持った。


「ドイツは日本よりもよく反省をしている」ということを疑う事実は数えきれないほどたくさんある。元武装SSの最高司令官だったと言ってもいい親衛隊上級大将は1974年にシュツットガルト近郊のルドヴィクスブルクで亡くなったが、西ドイツ政府が注意したにもかかわらず、約7000人もの人が参列した盛大な葬式となった。その中には当然ながら、彼の部下だった元親衛隊兵士がたくさんいた。同じようにオットー・スコルツェニー元親衛隊中佐がスペインのマドリーで亡くなった時にも、ここでも西ドイツ政府が注意をしたにもかかわらず多くの元親衛隊兵士が葬儀に参列して、葬儀の時にはナチス式敬礼をする人までいた。

 

 

「なぜ、日本とドイツの第二次大戦の戦争犯罪ばかりが問題になって、その他の国の歴史上の犯罪行為はあまり問題にならないのか?」という素朴な疑問がいつもある。

 

やはり、「ドイツは日本人よりもよく戦争犯罪を反省している」という嘘を日本とドイツの左翼が主張をしても、お世話になったご先祖様とおじいさんとおばあさんとの深い関係>戦後の日独政府の歴史教育と戦争犯罪の謝罪ということになるのだろう。日本人にしてもドイツ人にしても、子供の頃から自分を世話してくれたおじいさんとおばあさんを始めとする年輩の親戚との人間関係が重要なので、いくら政府と政治家が「戦争犯罪の反省」と叫んでも、第二次世界大戦という激動の時代を生き抜いた親戚を裏切るようなことはできないのは当然であり、これは日本人、ドイツ人なら当たり前のことだろう。それに、戦後生まれの日本人とドイツ人の疑問としては「どうして、敗戦国の日本とドイツの戦争犯罪ばかりが追及されるのか?他の国だって多くの間違いを歴史上で犯してるではないか?アメリカ軍のベトナム戦争、イラク戦争などの犯罪行為は問題にはならないのか?」という大きな問題もある。

 


写真上は日本とドイツ右の国旗。日本とドイツは足を引っ張りあうのではなくて、これからもよく第二次大戦について話し合う必要があるだろう。第二次大戦の敗戦国にしかわからないことがあるのだから。写真下はナチス式の敬礼をするヨーロッパの美女たち。確かドイツ人美女ではなくて、イタリア人美女たちだったと記憶している。イタリアは途中で降伏したのでドイツよりもファシズムに寛容な国で、右手を上げるナチス式敬礼をしても問題にならないと聞いている。でも、場所はイタリアでもドイツ人女性もいるかもしれない。

 

 

最後に、僕のブログを訪れてくれてありがとうございます。この記事のようにドイツにいた時に多くの人と交流した時の体験談と、ドイツ人とインターネットを通じて交流した話以外にも、ドイツで10試合ほどブンデスリーガの試合を観戦していて、サッカーが好きな方に対して興味深いブログ記事を書いているので、時間があったら他の記事も読んでみてください。ブログを読んだ感想のコメントを書いてもらうと嬉しいです。ドイツ語の勉強の方法、ナチスドイツ軍に関する記事も書いてますし、これからもそういう記事を書いていきます。

 

 

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