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戦後、敗戦国のドイツ人に対する嫌がらせがひどいということ

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ホームステイした家族の長男に 、「君はドイツ人というだけで嫌がらせを受けたことはあるのか?」と質問したら、「ロンドンでイギリス人から嫌がらせを受けたことがある」と彼は答えた。

 

1999年3月から3か月間、シュツットガルト近郊に住むH家にホームステイした時に、H家の人たちとは第二次大戦について色々と意見を交換した。もちろん、僕は第二次大戦の日独同盟に興味があるからドイツ語を勉強しているので当たり前のことだけど。

長男のJ(25才の会社員)がPCゲームをしている横に僕が立って、第二次大戦の話をしていた時のことだった。
「君はドイツ人だというので、何か外国人から嫌がらせを受けたことはあるか?俺は南米のボリビアで仕事をしていた時に、車に乗った韓国人男3人が俺に向かって中指を立てるという嫌がらせをされたことがあるけど」
と僕が質問をした。この質問を聞くとJは、
[Moment](ちょっと待って)
と言って、それからゲームを閉じてPCも閉じて煙草に火をつけてから、
[Ja](あるよ)
と答えたのだった。

「親父のビジネス旅行に付き添って、ロンドンに家族旅行をした時のことだった。イギリス人の若者2人が俺に近づいてきて、それで、俺に向かって、
[Heil Hitler! Shit German, go back to Germany!](ハイル・ヒトラー!くそったれドイツ人、ドイツに帰れ!)
と大声で言ってゲラゲラ笑って去って行ったんだ。 でも、そいつらが言ったことは全く的外れなのさ。なぜなら、ポーランド戦線で1945年1月に戦死したお父さんのお父さんは、ワイマール共和国時代にシュトレーゼマンを支持していて、ヒトラーとナチス党はあまり好きでなかったから、[Heil Hitler!]などと喜んで言ったわけはないから。そういうことも知らずに、『ドイツ人はみんな第二次大戦中はナチだった』とか誤解しているバカが世界中にいるからね」
と言ってニコリと笑っていた。

 

長男がイギリス人から嫌がらせを受けたのは、ロンドン塔の近くという観光名所だった。


「それが起こったのはロンドンでもソーホーとかみたいな、ゴミゴミした治安の悪い場所か?」
「治安の悪い場所?とんでもない。観光名所のロンドン塔のすぐ近くだよ。他にも観光客がたくさんいたね」
「俺は日本人だから、ドイツが第二次大戦でやったことの悪口は絶対に言わないよ。第二次大戦のドイツの歴史をよく知っているけど、絶対にドイツの悪口は言わないよ。他の日本人にも『日本とドイツは軍事同盟を結んでいたんだから、ドイツ人の悪口は絶対に言うな』と説得して回っているよ」
こういうことを言うと、長男のJだけでなくて、H家の人たちみんなが嬉しそうに笑っていた。元々、ホームステイ初日に、
「僕は日本人で学生時代にドイツの現代史を勉強したから、ドイツの歴史をよく知っているけど、絶対にドイツの悪口は言いません」
と公言していたのだった。H家の人たちは、
「ホロコーストのことだろうがなんだろうが、疑問に思ったことは何でも質問していい」
と言っていたが、約束通りドイツの悪口は絶対に言わなかった。

僕の基本的信念として、「第二次大戦のドイツの悪口は、絶対に日本人は言うべきではない」ということが多くのドイツ人に受け入れられて、ドイツ人の友達が多いという現在に繋がっている。

 

長男が嫌がらせを受けたことは家族みんなが知っていた。「僕は同盟していた日本の国民ですから、ドイツの悪口は絶対に言いません」と言うと家族はとても喜んでいた。


主人と奥さんに長男のJがロンドンで嫌がらせを受けたことについて話すと、2人ともそのことを知っており、どうやらH家の楽しい家族旅行のはずが、嫌がらせをしたイギリス人のせいで嫌な思い出になってしまったようだ。僕はまだアジア各国には旅行をしたことがないが、20年ほど前までは中国、韓国以外の東南アジア諸国でも日本人旅行者への嫌がらせはあったらしい。でも、そういう東南アジア諸国は日本人のお金は欲しいというダブルスタンダードである。これはドイツ人に対しても全く同じである。H家の主人も東北大学で働いていたSも、東ヨーロッパではドイツ人は割高の料金を請求されると言っていた。Sがチェコのプラハで仕事をしていた時にレストランで食事をしていて、ドイツ人だとわかるとウエイターが割高の料金表を持ってきて、「豊かな西ヨーロッパ人なら、これだけ払えるだろう」と言って、チェコ人よりも多い食事代を払わされたと言っていた。

 

上の写真はブランデンブルク門を背景にしたナチスドイツのイメージで、下の写真はH家が住んでいたシュツットガルト北西にあるファイヒンゲン・アン・デア・エンツ(エンツ川沿いのファイヒンゲンという意味)市の街並み。とても美しい街並みだが、この町にもナチスドイツ時代にはユダヤ人などを強制労働させた収容所があった。町の一角に収容所の追悼記念碑と小さな博物館がある。

 

 

最後に、僕のブログを訪れてくれてありがとうございます。この記事のようにドイツ人家庭にホームステイして滞在した時の体験談と、その他の多くのドイツ人と交流した時の話以外にも、ドイツで10試合ほどブンデスリーガの試合を観戦していて、ドイツサッカーが好きな方に対して興味深いブログ記事を書いているので、時間があったら他の記事も読んでみてください。ドイツ語の勉強の方法、ナチスドイツ軍に関する記事も書いてますし、これからもドイツ関連の記事を書いていきます。

 

 

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