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【小話】ドイツ人の人妻も子どもが生まれるとすごく変わるようだ

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ドイツ人友達TのフィアンセのMは、結婚前は貞淑で大人しい女性だった

僕のブログにはよくドイツ人弁護士のTが登場するが、東北大学法学部准教授のドイツ人Tと友達になったのは2006年3月のことだった。彼はドイツの弁護士であり、それで、仙台の大学でヨーロッパの法律を教えることになったので、僕が某国際交流サイトにドイツ語で出していた友達募集のアドを見て、メールを送ってきたのだった。それから、Tとは仙台市内、松島などを一緒に回って遊んだが、2006年の9月にはドイツからフィアンセのMを呼び寄せたのだった。

9月末に、TとMと仙台市の中心部で待ち合わせて会って、その後、喫茶店で話をした。フィアンセのMはものすごく顔が小さく、顔が小さい人が多い白人女性の中でも珍しいほど小さかった。髪の色はブラウンで、青い目をしたきれいな女性だった。気さくな人で、僕ともすぐに打ち解けてくれた。

でも、TとMと話をしていると、フィアンセのMはTの言ったことを繰り返して言っていることが多く、ほとんどSに反論することはないことに気付いた。例えばこんな会話。
T「ワールドカップの後に、ドイツ代表監督のクリンスマンが辞任したけど、後任のレーヴ監督はちょっと不安なんだよ。選手としての実績が大したことなかったからね」
M「そうね、クリンスマンは選手としても偉大だったけど、レーヴは選手としてはあまり活躍しなかったわね。G(僕のこと)もドイツサッカーに詳しいから、わかるでしょ?」
僕「まあ、確かにそうだね・・・。」

このようなボーイフレンドの考えを肯定してばかりしいるMを見て、僕はちょっと奇妙に思った。僕はそれ以前にもドイツ人の家庭にホームステイしたこともあり、何組かのドイツ人のカップルを見たがドイツの若い女性というのは日本女性よりも気が強く、言いたいことははっきりと言う人が多いと実感していたからだ。

フィアンセのMはこれといった趣味がなくて、Tが好きなことを一緒にするのが楽しい性格だった

だから、僕はMにちょっと質問をしたのだった。
僕「君はさっきから、Tの言っていることと同じようなことを言っているけど、Tに反論してケンカすることはないの?それから、Tとは違う趣味を持っていてクラシック、ロックバンドのコンサートを聞きに行くのが大好きだとか。たとえ、Tが“仕事があるから一緒に行けない”と言っても一人でコンサートを聞きに行くとか、そういうことはしないの?僕が知る限りだとドイツの女性は日本の女性よりも解放されていて、夫が何と言おうが自分の意見を通す人が多いと聞いているけど」


Mは次のように答えた。
「たしかに、ドイツでは女性解放は進んでいると言われているけど私はギムナジウム(ドイツの中高一貫の学校)にいた時に、インテリの男子生徒たちが難しい議論をしているのを聞いて、“私のようなバカな女はとてもキャリアウーマンにはなれない。将来は、専業主婦になるのが最も幸せだろう”と思った。だから、ギムナジウムを卒業した後は老人、障害者の世話をする仕事に就いて、弱い人達の面倒を見ていた。私が一番心が痛むのは社会にいる弱者の人達だわ。ホームレス、老人、障害者、戦争の犠牲者のような人達の世話に興味があるの。

でも、今はTに日本に呼んでもらったから、彼と一緒に生活できるようになることが重要ね。それに私にはこれといった特技も趣味もないから、Tと一緒に過ごしている時が一番楽しいの。私が一人で何かやっても面白いとは思わない。日本に来れたのも彼のお陰だから、彼が行く所なら大体どこでも一緒に行くわ。日本の観光名所、サッカー場、野球場とかに彼が行くのなら私も一緒に行くわ」
僕「野球場と言ってもヨーロッパ人は野球知らないだろう?ルールわからないのに、野球場にも一緒に行くの?」
T「今、オレが少しずつ野球のルールをMに教えているんだよ。いつか、3人で野球場に東北楽天の試合を見に行けたら楽しいだろうね」

この会話をしている間もMはTのヒザの上に手をのせていて、Tにピッタリという感じだった。僕はドイツに合計すると1年ぐらいいたから、カップルがピッタリと体を寄せ合っているのは何度も見たが、これほど、ボーイフレンドに忠誠を尽くしている女性というのは見たことがなかった。Mはドイツ女性の中ではちょっと希な存在だと思った。だから、このように、フィアンセに尽くす女性と出合えたTが本当に羨ましく思えた。

そして、TとMは2007年の9月に日本で結婚した。その後、先に言っていたように僕とTとMの3人で楽天の試合の観戦にも2回行った。2008年7月に子供が生まれた後は子供も連れて野球観戦に行ったこともあった。もちろん、野球について詳しいことは僕が彼らにドイツ語で教えた。ドイツ人の野球に対す興味については、「大嫌いなアメリカのスポーツだから」と言って全く興味を示さない人と、TとMのように日本の社会に溶け込もうとして球場に野球観戦にまで行く人と2種類の人がいる。

子どもが生まれた後はMはすごく強い女性になっていた

それで、Tの妻のMは優しくて貞淑な妻で「羨ましいね」で男としては終わりのはずなのだが、彼らが地震と津波の後でドイツに帰った後、彼らは新しく生まれた息子と娘と一緒にドイツのウルム市に住むことになったので、事前に連絡をして2012年9月にウルムに彼らの家を訪ねた。すると、小さい子供が2人いることもあって、優しく貞淑だったハズの妻のMは別人みたいになっていた。

僕が、「日本から2人にお土産を買ってきたよ」と言って伊勢の二見が浦の夫婦岩の置物を渡した。すると、Mはその2つの岩を見て、
「何、この石ころ2つは?これじゃ、日本の物か何かわからないでしょ?お城の模型とかもっと〝日本”とわかるものはなかったの?それに、この岩ってひょっとして大きい方が男で小さい方が女なの?そんなの今の時代と合わないでしょ?1000年前は男が大きかったかもしれないけど、今の時世に合わせて女と男を同じ大きさの岩にするべきでしょ?だから、日本は男尊女卑とか言ってバカにされるんでしょ!?」
と叫んで、数年前の大人しいMはどこへ行ったのだという感じでびっくりした。

子供2人、特にまだ2才のLという女の子がママ(Mのこと)がいなくなると、「ママ、ママ!」と叫び出すのでMは常にLの近くにいないといけなかったのだった。それで、僕は4人家族が住む家に3泊したけど夕飯は一度も作ってもらえず、
「私が子供2人抱えて大変なのがわからないの?あんた(夫)とGは適当に外食してくるか、ピザの宅配でも食べればいいでしょ、もう大人なんだから!」
とMに言われた。

2人とも日本の仙台に住んでいた時に夫のTは日本語検定2級、妻のMは日本語検定3級に合格したのだが、Tが日本語でちょっと喋って間違えた日本語を言ったりすると、
「あんた、私よりも日本語が下手くそでどうするの?あんたが弁護士で頭がいいから結婚したのに、あんた、私よりも頭が悪いの?なんなら、私が明日から働こうか?」
と言われて怒られていた。

夫は妻が強い女性に変わったことに気づいてないという不思議な現象

「Mは随分と子供が生まれてから変わったね。昔は2人の関係は随分と違っていたと記憶しているけど」
と僕が言うと、
「え~、何か変わっているかな?何も変わってないと思うけど」
とTは困惑して言っていた。
「昔はMはもっと大人しくて君がもっと威張っていたよ。君はいつもMと子供といるから気付かないだろうけど、明らかに今は妻のMの方が威張っている。Tは昔のような威厳を取り戻せないのか?」
「違う、G、それは違うよ。お前は知らないだろうけど昔から家ではMが威張っていたんだよ。そんなに何も変わってないよ」
夫のTはやはり家庭が大切なのか、あまり反論はしなかった。でも、やはり結婚した後に子供が生まれると妻が強くなるんだろうね。(苦笑)