Deutschland-Lab

歴史や文化、スポーツなどドイツに関する情報まとめサイト

ドイツの歴史

ヒトラー総統に隠し子がいたという事実を知った!!

2005年7月にヒトラーの山荘があったベルヒテスガーデンに行った時に、「ヒトラーには隠し子がいたのです」と教えてくれた現地のホテルのオーナーがいた。その方は既に高齢のおばあさんだったが、若かった頃にベルヒテスガーデンでナチス幹部と何度も会って話…

ナチスドイツの戦犯が裁かれたニュルンベルク裁判所を訪問

ドイツ南西部にあるニュルンベルク市はニュルンベルク裁判が行われた街として有名だが、ニュルンベルク裁判が行われた裁判所は今でも保存されてあり、誰でも見学することが出来る。裁判所の建物は今でも簡易裁判所として使われている、けっこう小さな建物だ…

映画「遠すぎた橋」の舞台となった街を訪れた(2)

映画「遠すぎた橋」の舞台となった、アルンヘムの街を訪問した時のことについて書いたパート2。このブログ記事では、戦争中の英第1空挺師団の司令部の建物をそのまま使用している、「空挺博物館」を訪れた時の様子について書いている。「空挺博物館」を訪れ…

映画「遠すぎた橋」の舞台となった街を訪れた(1)

有名な戦争映画「遠すぎた橋」の舞台となったアルンヘムに行った時の話について、ブログ記事に書いた。「遠すぎた橋」を見たことのある方は是非読んでみてください。ただし、やはり、「解放軍」だった連合軍関係の展示物が圧倒的に多かったです。

サッカー・戦争映画「勝利への脱出」

1981年に日本で封切られたサッカー・戦争映画の「勝利への脱出」というハリウッド映画について説明する。第二次大戦中にフランスのパリで、連合軍捕虜とドイツ軍のサッカーチームが試合をしたというフィクションの話だが、この試合にはモデルとなった試合が…

ドイツでマンシュタイン元帥のお墓を訪れた

このブログ記事では2006年7月に、エーリッヒ・フォン・マンシュタイン元帥のお墓を訪れた時のことについて執筆する。マンシュタイン元帥のお墓はドルフマルクというドイツ北部の小さな町にあるので、英語とドイツ儀のサイトをよく見て、十分に下調べをしない…

ドイツでグデーリアン将軍のお墓を訪れた

ドイツのハノーファーの近くにあるゴスラーに、ハインツ・グデーリアン上級大将のお墓があり、2005年7月にそこを訪れた。ゴスラー市営墓地にグデーリアン一家のお墓が建っているが、市営墓地はかなり大きいので現地の人に質問して教えてもらわないとい…

ドイツ空軍の撃墜王ハルトマン少佐のお墓を訪れた

僕は2005年6月に、ドイツ空軍の撃墜王エーリッヒ・ハルトマン少佐のお墓を訪ねた。第二次大戦に詳しい人なら知ってると思うが、ハルトマンの撃墜スコアは352機であり、これは世界記録であり、今のジェット戦闘機の空戦の時代では、絶対に破られるこ…

ナチスドイツドイツ海軍の電気潜水艦「UボートXXⅠ型」

ナチスドイツが終戦直前に開発した多くの[Wunderwaffe](奇跡の兵器)があるが、そのうちの一つであるUXXⅠをブレーマーハーフェンで見た時の話。この潜水艦は世界で初めて実戦に投入された電気潜水艦であり、戦後の米ソ海軍の潜水艦開発に多くの影響を与えた…

ドイツ博物館に展示されてる軍用機

僕はミュンヘンにあるドイツ博物館には3回行ったことがある。この博物館は第一次大戦後に設立されて、ドイツの科学技術の進歩を展示している。軍事マニアにとってとても興味深いのは、ナチスドイツ空軍の本物の軍用機が展示されていることである。もちろん、…

シンスハイム自動車技術博物館に展示されている第二次大戦の兵器(2)

シンスハイム自動車技術博物館に展示されてる、第二次大戦時のドイツ空軍軍用機を紹介するブログ記事。

シンスハイム自動車技術博物館に展示されている第二次大戦の兵器

ドイツ国内にはけっこう多くの軍事博物館がある。今までにブレーメン東部にあるムンスター戦車博物館を写真と共に紹介したが、今回はハイデルベルク近郊にあるシンスハイム自動車技術博物館を写真と共に紹介する。シンスハイムにはホッフェンハイムというブ…

ベルリンのナチスドイツ軍が降伏した場所に建つ博物館(2)

ベルリンのナチスドイツ軍が降伏した場所に建つ博物館(1)

ドイツ博物館の海軍歴史展示室で係員が詳しいガイドをしてくれた

ドイツのミュンヘンにあるドイツ博物館の海軍展示室で、博物館のガイドのおじさんが、僕一人のためだけにドイツ語のガイドをしてくれた。30分ほど続いたガイドだったので、恐らく本来は20人ほどのグループに行うものなんだろうけど、僕がドイツ軍の戦記を数…

元ナチスドイツ軍戦車兵のおじいさんと会話をした

ドイツ人の軍事マニアの中には日本海軍に詳しい人が多い

ドイツ人は日本びいきの人が多いと言われてるが、中でもハンブルク、キールなどの港町は第二次大戦中に日本海軍と深い交流があったので、日本海軍に詳しい人がいた。真珠湾攻撃、ミッドウェイ海戦を知っている人たちがいた。

連合国はホロコーストを知っていたがユダヤ人に冷淡だった

第二次大戦でナチスドイツが行ったホロコーストではドイツだけが責められているが、連合国もまたユダヤ人に対しては冷淡だった。連合国空軍は戦争末期には制空権を握っていて、アウシュヴィッツ収容所のガス室、焼却炉などを破壊することが出来たのに、その…

いつまで8月になったら日本とドイツの敗戦特集をやるのか?

日本では終戦記念日の8月15日になると多くの戦没者追悼行事が行われて、8月には第二次大戦特集のドラマ、ドキュメントなどが作られる。だが、ドイツでは終戦記念日の5月8日にはこれといった追悼行事もやってないし、ドラマもドキュメントも作られていない。…

ヒトラーの演説と政治の才能には彼自身も気づいていなかった??

ヒトラーは中学校しか卒業いないという低学歴なのに、比較的に短期間の政治活動だけで、ナチス党の党首になることが出来た。その謎を考えるブログ記事の内容であり、決してヒトラーを讃えるものではない。

ドイツ人は日本人よりも戦争責任を反省しているのか?

日本の左翼知識人の中には、「第二次大戦後の戦争責任の対応と教育については、ドイツを見習え」と言う人がいるが、果たしてドイツは本当にナチスドイツの戦争責任についてよく対応をして、教育をしているのだろうか?日本人とドイツ人の戦後の対応と教育の…

シュタウフェンベルク大佐は本当に反ナチスの英雄なのか?

7月20日はシュタウフェンベルク大佐を始めとする反ヒトラーグループが、1944年にヒトラー暗殺事件を起こした日です。ドイツではヒトラー暗殺事件は高く評価されてますが、果たしてヒトラー暗殺事件は成功する可能性があったかについて検証します。

「ドイツ人はなんで残酷なことをしたのですか?」ドイツ人は特別に残酷なのか?

ドイツ人家庭にホームステイをして最後の夜に、「『ドイツ人はなんで残酷なことをしたのですが』と質問する日本人がいる」と夫妻に言うと、「残酷性はどんな人間にもある。ドイツ人だけではない」と夫妻は答えた。

ドイツ語圏の人と話してはいけない映画について

このブログでは、ドイツ語圏の人たち(ドイツ、オーストリア、スイスなど)と話題にしてはいけないことについて書く。実は言うと日本では人気のあるミュージカル映画の「サウンド・オブ・ミュージック」はほとんどが嘘の話であり、ドイツ語圏ではあまり人気…

「杉原千畝さんがおばあさんを助けてくれた」というドイツ人女性に会った 

2006年7月に、「私のおばあさんは杉原千畝に命のビザを貰って助けられた」という、ドイツ人女子大生にハノーファーで会った。でも、彼女の家族はユダヤ教からキリスト教に改宗していて、イスラエル建国のために戦争をしているユダヤ人を嫌っていた。

戦後、敗戦国のドイツ人に対する嫌がらせがひどいということ

ドイツ人はホロコースト、ヒトラーを支持して第二次大戦最悪のの加害国として、世界中で偏見と憎悪で見られている人たちである。これは、ドイツに1年ほど住んでいた僕が実感したことで、日本についても全く同じことが言える。

日本、ドイツという旧枢軸国と旧連合国では今はどちらが平和だろうか?

2008年秋にリーマンショックがあった頃に、僕は東北大学法学部准教授をしているドイツ人弁護士のSとその妻のMとまだ乳飲み子のKと、仙台市繁華街の喫茶店で会って談笑をしていた。談笑をした時間は彼らが買い物をしていた合間だったので、2時間ほどだったと…

ベルリンの壁が崩壊した後にドイツ統一にしてよかったのだろうか?

1989年11月にベルリンの壁は崩壊し、ドイツは翌年の10月10日に再統一された。しかし、ドイツの経済状態を少しでも知っている人なら、東西ドイツ統一はそんなに上手くいっていないということをよく知っているだろう。いや、経済状態を知らなくても、ドイツサ…

ドイツで元ナチスドイツ軍人と交流をした

ドイツにいた時に、ナチスドイツ時代にドイツ兵だったおじいさん数人と話をしたことがある。おじいさんたちはハリウッドの戦争映画に描かれているような残酷な人ではなくて、ごく普通の優しい方々だった。